最近の青年は、経済生活に関してきわめて合理的になったといわれています。
しかしながら、4年制大学を卒業したにもかかわらず、わずか数万円の月給で、組合専従として熱心に働いている青年もあり・・・
このような職業のもつ経済性に必ずしも十分な関心を示さないものもけっして絶無ではないことに注意すべきでしょう。
職業につくことにより、わたしたちに一定の社会的地位が与えられます。
中学生による職業のもつ社会的地位のランキングを示すものがありますが、このような評価は、かなり一般性のあるものです。
さて、このような職業に対する価値評価は、現実の社会においては、じつはそれぞれの職業に従事している人間自体に対する価値評価につらなります。
・・・したがって、これらの人びとに対する世間の人びとの態度にもきわめて微妙な影響を与えている事実を無視してはなりません。
全貝が一致する定義は次のようなものでした。
「農耕はまず芸術である。
それも有益で貴い芸術である。
また、大地にいつも最も大きな収穫をあげるため、どの作物をどのように耕作するかを知る科学である」
・・・詩や音楽や絵画をつくる技術と、ムギやオリーブをつくる技術とは同じであるというのです。
今日の農業に携わる多くの人は、この定義の前半には共感をもたれることでしょう。
また同時に、科学としての農耕は自然科学の一分野へと生長しました。
・・・そして、最大の収穫をいつまでも保つという農学の目標は今日も変わることはないのです。
ケレースとリベルは穀物とブトウ酒の神々、穀物とブドウ酒は生命に欠くことはできないもの・・・。
ローピグスは、穀物と樹木のみずみずしさを保ち、フローラは花と春の女神、時くれば花を咲かせます。
ミネルバはオリーブの園を育て、ウェヌスは庭を花で飾ります。
そしてリムファとボヌス・エウエンツスは泉と幸運の神々、泉の水で草木は蘇り、幸運の神に抱かれて耕すことができます。
・・・神々は、こうしてみな田園の神々でした。
老人の名はウァロ(前26~前27年)。
齢80になったウァロは、彼自身が言っているように、この世を去る準備のために最後の作品『レールム・ルスティカルム(農事について)』を著わしました。
それは、このテルルス寺院での登場人物の間の対話として書かれています。
ギリシャやカルタゴの先人たちの農事の書にふれながら、では私たちがこれから語り合う農耕とはなにかについて定義しておこうということになりました。
バビロンには、脱穀場の床を飛びはねるくらいのオオムギやコムギがあるといいます。
また、その爽のバクトラ(現在のアフガニスタン東部)には、オリーブの種子ほどの大粒のムギがあるといいます。
そんな途方もないムギ粒に出会うことがあったかどうか、帰りの船はこの東方の地の食料を積んでいました。
さて、紀元前1世紀のある年、晴れあがった秋の日に、ローマのテルルス寺院の広場は種播きを祝う祭ににぎわっています。
その広場のベンチに、1人の老人が4人の男たちとおしゃべりをしていました。
広場は金色に輝いた12の神々の像にかこまれています。
ユーピピテルとテルルスは大気と大地の神神、すべての穀物や果実を育てる宇宙の父神と母神です。
ソールとルーナは太陽と月の神々、種播きから収穫までのすべての農事は、太陽と月の運行に従って行なわれます。
アイネイアのコムギはわずか40日で成熟するといいます。
こういった特徴あるコムギはローマ時代になっても、コムギを語るときの話題となっています。
これら生育期間の短いオナムギ、コムギは、今日の春播きオオムギ、春播きコムギの前身であろうと思われます。
春播きでは大体50~75日の生育期間ですむため、厳寒地の春のムギとして、今日では広く栽培されています。
ギリシャの農夫はまた船乗り稼業もしていました。
『ヘシオードの叙事詩』で有名な若者、ヘシオードの父もまたそのような農夫の一人でした。
イチジクの葉が伸びるとき、エーゲの海風を肌に感じていました。
小舟の中に売れるものはすべて積み込み、めざすは、エーゲ海の無数の島々・・・
そして小アジアでした。
かつての東京は、下町と山手の2つに大別されました。
地理上の特色であるとともに、それは住民の階層やライフスタイルを大きく分ける目安でもあったのです。
下町住民の生活の特徴をあえていえば、"伝統的"であり、山本周五郎の江戸の庶民の生活を描いた世界が、今に生きる世界でもにあります。
"つましい庶民の生活"、"人情と義理の重んじられる社会"、"職と住とが近接した""地縁的なつながりの強い"生活です。
祭りや四季の年中行事を大切にし、地域の神社や寺への帰属感が残る社会でもにあります。
下町的なライフスタイルは、上野、浅草をはじめ月島などにいまも残っていますが、時代の波はこうしたライフスタイルを大きく変えている点も見逃せません。
山の手住民のライフスタイルの特徴を思いつくままにあげてみましょう。
住宅環境としては"職住の分離"、"閑静で落ち着いた"、"緑豊かな"、"高級住宅地"のイメージです。
・・・そこに住む住民のイメージは、"インテリ"、"ホワイトカラー"、"リッチ"、"エリート"、"教養"などでしょうか。
ゆったりとした敷地に緑の多い庭、ひっそりしたたたずまいの閑静な住宅から夕暮れ時に聞こえてくるピアノの響きは、かつての山の手層のシンボル・イメージでした。
1位から3位まで、いずれも"消費・生活"に関連する項目がきていることは、東京生活の魅力の本質をついているといわなければなりません。
現実に仕事をもっているためにその有難さが背景に隠れてしまったという面は確かにあるでしょう。
・・・しかし、東京生活の魅力の重要な部分に"消費生活上の魅力"があるのです。
それも他の都市に比べてはるかに質の高い"文化の魅力""教育の魅力"そして"多様なショッピングの魅力"です。
消費に関連する項日としてこのほか8位にあげられている"楽しい生活"もあります。
さきにあげたデータでみる東京消費の特徴と、東京生活の魅力を関連づけてみると、教育費や補習教育費の多さと"子供の教育上便利"とは一致します。
また、消費支出の多いことと"豊かな消費"とも重なるといえます。
教養娯楽費の多いことと"楽しい生活"も重なっています。
しかし、東京生活の魅力の1位の"文化の恩恵"は必ずしもデータの面には現われているとはいえません。
ましてショッピングの便利さは、データ面に現われた東京消費の特徴には間接的にせよ姿を浮かばせていないといってよいでしょう。
・・・このようにみてくると、質的生活を加えた"東京消費のライフスタイル"は家計簿データに現われた側面からだけではなかなか捉えられないように思われます。
巨大な東京には下町、山の手の差もあるし、都心と郊外の差もにあります。
さらに、京浜東北線沿線、東武伊勢崎線沿線、中央沿線、東急沿線といった鉄道沿線別住民による消費パターンの差がにあります。
・・・この問題については、のちにみることとして、ここで、東京の消費をいうどる"東京生活の魅力"について考えてみることにしましょう。
少し前のことですが、東京の魅力についての調査を首都圏住民を対象として行ったことがあります。
これによると東京生活の魅力の順位は次のようになります。
1位・・・文化の恩恵をより多く受けることができる
2位・・・子供の教育上便利
3位・・・ショッピングが便利で豊かな消費生活ができる
4位・・・いろいろな仕事があって生活できる
5位・・・人間関係がわずらわしくない
6位・・・自分の能力を生かすことができる
7位・・・マイペースの生活ができる
8位・・・ほかよりも楽しい生活ができる
・・・限られた魅力の内容についての調査の結果ではありますが、考えさせるものを含んでいるように思われます。
仕事の機会や自分の能力を発揮できるといった大都会の魅力の重要なものを大きく上回って第1位に"文化の恩恵"があげられることです。
・・・続いて第2位"子供の教育"、3位"ショッピングの便利さと豊かな消費生活"がきていることです。
東京の航空運賃が多いのは、航空の便に恵まれていること、北海道や九州などの遠隔地から東京に出てきている人が多く、これらの人の帰郷の際の乗物として空の旅が一般化していることを示しています。
宿泊料の高さは、都民の旅行の多さを物語っています。
一方、全国に比べ、支出の少ないものをみると、清酒、清掃代、仕送り金、灯油、自動車関係費などがにあります。
清酒ばなれが全国に先がけて進んでいることを示しています。
清掃代の少ないのは水洗トイレの普及が進んでいることを表わしています。
仕送り金が少ないのはいうまでもないでしょう。
自動車関係費が著しく少ないのは、電車やバスなどの大量交通手段が発達しており、乗用車の保有率が極めて低いことによるものです。
・・・以上のように、消費のウェイトを消費額の大小を比較することにより東京の消費の特徴はある程度浮かんできます。
しかし、これはあくまでも、東京都区部(現在、利用可能なデータはそれしかない)の世帯の平均像です。